基礎を築き、
成長の土台を固めた時代
1963.11
昭和38年[33歳]
1967.12
昭和42年[37歳]
1968.03
昭和43年[38歳]
1968.08
昭和43年[38歳]
1973.11
昭和48年[43歳]
1975.05
昭和50年[45歳]
1977.06
昭和52年[47歳]
会社を刷新し、
世界戦略を進めた時代
鈴木修語録 社長就任時
1975年の排ガス規制対応の失敗で、経営の危機を迎えた。多くの方々のご支援でなんとかこれを切り抜けることはできたが、湖西工場の生産は月1,500台のペースにまで落ち込み、従業員は意気消沈。なんとか士気を上げたい。日本でダメなら外国で、どんな小さな国でもよいからと熟慮したところ、答えは簡単。クルマを生産していない国に行けば、100台でも1位になれると考えた。「スズキでも1番がとれる国があるんだ」というのを見せたかった。
鈴木修語録 アルト開発時
私が「コストを下げるために灰皿をとれ、スペアタイヤを取れ」と言っても、「そんなことをしたぐらいでは35万円にはなりません」と相手にしてくれません。最後に「それならエンジンを取ったらどうだ」と言うと、コストダウンにかける私の気持ちが通じたのでしょう。「なんとかやってみます」と言って、懸命のコストダウンを続けてくれました」。(アルトのコストダウンにかける思いを、技術陣に伝えた時の言葉)
鈴木修語録 アルト発表会にて
アルトの発表会を明日に控え、「アルトの名前の由来は、イタリア語で『(才能などに)秀でた』という意味で・・・」と営業部門が考えてきた原稿を読んでいたが、難しくてなかなか暗記できなかった。そこへ突然の来客がやってきて「うちの主人があるとき、こんなことをしました。また、あるときは、こんなこともやらかしました」という。この話にヒントを得て思いつき、発表会で披露したところ好評を得た。
鈴木修語録 座右の銘は
「気力充実がまず先決だ」「行動せよ」「歩きながら考えよ」という意味から、この言葉を座右の銘とした。
1980
年代~
鈴木修語録
皆さん、うちの本社の外を見てください。まわりは田んぼだらけで、カエルが鳴いています。日本では田舎者ほど純真で正直者だといいます。だから、皆さんが本当に自動車の技術が欲しいなら、私どもがきちんと指導させていただきます。だけど、カネはありません。もしカネが欲しいなら、もっと立派な会社さんに行ってください。
1982.04
昭和57年[52歳]
1982.10
昭和57年[52歳]
鈴木修語録 インドプロジェクト等に触れて
人間はみな同じ。外国人の大経営者でも、中小企業の社長でも、普通のサラリーマンでも、基本は一緒。いい面をみんな持っている。だから私はその人の地位や国籍によって接する相手を差別しない。世界中どこでも心で通じることはできるんだ。
1986.08
昭和61年[56歳]
鈴木修語録
かつて、プロ野球の名監督で鶴岡一人さんの名言に「グラウンドにはゼニが落ちている」というのがあります。球場でいいプレーをすれば、年俸も上がる。だから、若者はグラウンドでカネを稼げ、という意味です。これを私流に言い換えると、「工場にはカネが落ちている」です。ムダを削れば削るだけ、それが会社の利益を押し上げ、社員や株主へ還元される原資が増えるのです。
1989.04
平成元年[59歳]
鈴木修語録
鈴木修語録
電気やガスといったエネルギーは有料だが、重力と太陽は無料だ。わざわざコンベヤーを設けなくても、重力で落ちてくるようにすればいい。わざわざ蛍光灯を設置しなくても、太陽の光で明るくなるように設計したほうがいい。
1989
秋頃
鈴木修語録
1990.01
平成2年[60歳]
陣頭に立ち、
会社を飛躍させた時代
1991.03
平成3年[61歳]
鈴木修語録
1993年4月「小さく、少なく、軽く」1994年「小さく、少なく、軽く、美しく」1999年「小さく、少なく、軽く、短く、美しく」2001年「小・少・軽・短・美」製品や部品はもちろん設備まですべてを含め、いかに小さく、少なく、軽く、短く、美しくするかが、コスト低減につながる。この言葉がスズキのものづくりのフィロソフィーとなった。
1993.04
平成5年[63歳]
1993.05
平成5年[63歳]
鈴木修語録 インタビューにて
これまでスズキの経営を舵取りしてきてわかったことは、会社存亡の危機も、会社を支える飯の種である商品の寿命も25年周期で訪れるということだ。大切なことは、過去の危機の経験、商品の変遷の経験をいかに次代へと伝えていくかだ。
鈴木修語録 インタビューにて
いかに現地に溶け込むか、順応するかが肝心。自分の体内の菌と土着の菌との戦いだ。勝てば何も起こらないが、負ければおなかをこわすということ。
1995
平成7年[65歳]
鈴木修語録
モーターショーで来日した
GMスミス会長、ワゴナー社長に対して
下からの積み上げで決めようとすると、議論百出で時間ばかりかかる。トップダウンこそコスト削減の近道だ。スズキなら5分で決断できる。その後、GMの幹部の間でこの言葉が話題となったことで、私の顔をみると皆、口にした。
1997
平成9年[67歳]
鈴木修語録 アナリスト説明会にて
メーカーの基本はモノ作り。モノ作りの基本は生産現場。メーカーは現場が強さの源泉であり、「自分が現場に足を運んで決める」、「実際に現物を見て判断する」、「現実に即して考える」という「現場・現物・現実」の三現主義を地道に徹底的に貫いていくことが大事。
1998.03
平成10年[68歳]
鈴木修語録 新規格の新型軽乗用車4車種発売時
当初の計画より30kg軽くしろと指示しても関係部門は無理だという。しかし1部品1gだ、と言えば無理とは言えない。数万点に及ぶ車の部品を1個1個1gずつという小さな目標を積み重ねると実現できる。
1998.10
平成10年[68歳]
1999.07
平成11年[69歳]
鈴木修語録 副代理店大会にて
私の年齢は7掛けで見ていただきたい。今70歳だから49歳。男盛り、働き盛りです。
2000.01
平成12年[70歳]
2000.06
平成12年[70歳]
2002.05
平成14年[72歳]
鈴木修語録
決断するときに朝令暮改はよくないというけれども、大いにやるべき。一度決めたからといって止めるべきことを続けていたら、会社ならつぶれてしまう。企業経営というのは日々決断である。その上で、汗をかくということが重要ではないか。朝令暮改は大いに結構。昨日までの常識は今日の非常識と認識すべし。
2006.02
平成18年[76歳]
鈴木修語録
杉の木は折れやすく、節のある竹は折れにくい。しかし急激に伸びる竹は折れやすい。要するに、急激に伸びる時、業績の良い時に経営の危機をはらんでいる。
2007.03
平成19年[77歳]
2007.09
平成19年[77歳]
2008.11
平成20年[78歳]
鈴木修語録 鈴木修会長が社長を兼務(CEO&COO)時
若返りを図らないといけないが、今回は、経営の変化と経済環境の急激な落ち込みが重なった。私が先頭に立ってやるしかない。この30年間、右肩上がりで伸びたため、社内には安泰ムードが染みついている。こういう事態を招いたのは自分だから、自分が立て直す。景気がよくなるまでやりきらないといけない。「苦境に陥れば、陥るほど、我ゆかん」という心境とでも言ったらいいのでしょうか。命あるかぎりスズキを引っ張り続けるという覚悟です。
2008.12
平成20年[78歳]
鈴木修語録
このようなときこそ、おのれを見つめ直すチャンスです。苦境に立たされれば立たされるほどファイトがわいてくる。悔いや失敗の連続だったこれまでの私の経験と、そのときどきに抱いてきた素直な思いをつづることで、この最大の危機を乗り越える力としたい。
鈴木修語録
私に言わせれば、どんな先見の明も、すべて後講釈といいますか、後付けにすぎません。試行錯誤があるだけです。
2009.02
平成21年[79歳]
鈴木修語録 日本外国特派員協会での記者会見にて
2010.01
平成22年[80歳]
鈴木修語録 日経電子版「鈴木修氏の経営者ブログ」から
日本は、戦後の焼け野原の中から立ち上がり、一人ひとりが無我夢中で懸命に働いてきました。その結果としての今日の隆盛を、戦前・戦中・戦後この目で見てきた者として、これからは事業を通じてアジアの人々に恩返ししたい。
鈴木修語録 日経電子版「鈴木修氏の経営者ブログ」から
若い皆さんに一言。あなた方は本当に大変な時代を生きていかなければなりません。しかし、どんな苦難に直面しても互いに切磋琢磨しながら、大きな相手と闘いなさい。負けることを恐れてはなりません。結果が出なくてもあきらめず、何度でも立ち上がる。競争と闘いの先にだけ、未来は拓けるのです。あなた方には無限の可能性があるのですから、胸を張って、一歩ずつ前へ進めばいい。暗い闇夜を切り開く開拓者になりなさい。あなた方はその運命を背負って生まれてきたのです。
2010.03
平成22年[80歳]
鈴木修語録
組織改定・人事異動についての
浜松での記者会見にて
これまでタイミングを逸してきたが、ここらへんで権限移譲をやってみようと思った。ただ最低でも、大震災の影響で落ち込んだ業績を上向かせるのは私の責任。ここで後継に道を譲るのは「敵前逃亡」だ。
2011.04
平成23年[81歳]
鈴木修語録 テレビ東京【カンブリア宮殿】出演時
2013.05
平成25年[83歳]
鈴木修語録 中間決算会見にて
何もないですよ。丈夫な身体をくれたおやじとおふくろには感謝です。今も週一回程度、ゴルフをしますが、カートには乗らず歩いています。健康で食欲も旺盛。肉の食べ過ぎで太り気味なのが悩みのタネです。皆さんから「元気ですね」と言われると、忙しくて死ぬ暇がないと答えています。”生涯現役”で走り続けますよ。
2014.11
平成26年[85歳]
現役を貫き、
精神を継承した時代
2016.05
平成28年[86歳]
鈴木修語録 株主総会にて
再発防止のために徹底的に会社に残って責任を全うするということが、男として大切なことだと思います。(燃費不正問題の責任を問われ)
2016.06
平成28年[86歳]
鈴木修語録
「トヨタとの業務提携に向けた検討を開始」
記者会見にて
企業経営者というのはこれで一段落というのを考えていないと思います。私も例外ではありません。経営者である以上はチャレンジするという事、企業経営を社会のためにやっていくんだということは、いつまでたっても変わらないんじゃないでしょうかね。あなたのおっしゃることは参考にさせていただきますけれども、私は全然違っているということを申し上げておきます」。(これを機に俊宏社長を前面に出すきっかけになるのか?そろそろ引退か?という質問に答えて)
2017.02
平成29年[87歳]
鈴木修語録 下期年度大会にて
燃費不正問題を決して忘れるな、ということです。隠すということは絶対できません。
2017.10
平成29年[87歳]
2018.08
平成30年[88歳]
鈴木修語録
日経ビジネス1月13日号
「編集長インタビュー」から
負け戦となり、一旦は引き下がっても、何とか勝つ方法を探して、勝ち戦にしてきた、という意味です。運とツキを呼び込むために挑戦が大切です。一歩前でも半歩前でもいいから、前に出る努力をしなければツキが向いてくれません。待つ経営はだめ。攻める経営をやらなければならないのです。
2020.01
令和2年[90歳]
鈴木修語録 新年度大会にて
100周年を迎え、3月15日の新聞広告では「感謝、感謝、感謝」と3回言いました。お客様に感謝し、株主に感謝し、従業員に感謝しと繰り返し3回言いました。過去のことを感謝するのに対して、101回目を迎えて、反省し、反省し、反省しということになります。真摯に反省し、抜本的な改善を実施することが、お客様に信頼され、株主の皆様に信頼され、世間に信頼されることにつながります。
2020.04
令和2年[90歳]
鈴木修語録 下期年度大会にて
1979年のアルトの日本での発売が、本格的にグローバル自動車ビジネスに参入する契機になりました。
2020.10
令和2年[90歳]
2020.11
令和2年[90歳]
鈴木修語録 役員人事に関するWEB会見にて
行動して発見したら、そこにマーケットがありますから、歩け歩け、行動しよう。
鈴木修語録 役員人事に関するWEB会見にて
生き永らえているかぎりは挑戦し続けていきましょう。生きがいは仕事です。人間は仕事を放棄したら死んでしまえということ。挑戦することが人生であるということでありますから、皆さんも仕事をし続けてください。バイバイ。
2021.02
令和3年[91歳]
鈴木修語録
株主総会での挨拶時
(鈴木修会長の退任が承認された)
数多くの失敗をしでかした。しかし、失敗から多くを学び、成長することができた。メーカーは作っておしまいではなく、作って売ってナンボ。スズキを愛してくださるすべての皆さんに感謝、感謝いたします。来年以降はそちら側に座りまして、株主としてよろしくお願いします。